望月氏の作品は初めてだが、なんというか質量共にどっしりとした、まるで大河ドラマのようなミステリーで、『心の底から』圧倒された。
美辞麗句は一切そぎ落とされ、物語は事実が淡々と積み上げられて進む。まるでノンフィクションのようだ。私は、フリーのライターである主人公の目を通して彼女の書いた記事を読んでいる錯覚を度々受けた。
ライターとして主人公の木部美智子は、自分が納得するために事実を追いかけるだけだ。取材の過程で、関東大震災から東京大空襲の地獄絵図の中を体一つで壮絶に生き抜いてきた一人の女性、笹本弥生と出会い、彼女に縁のあったさまざまな人間の生きざまを淡々と描く。人それぞれの生き様が交錯するとき、必然に導かれるように事件が発生し、その交錯の糸と必然性をライターとして主人公の木部美智子は明らかにしていく。そして、今では老婆となった笹本弥生の人生最後の『帳尻合わせ』まで詳らかにしていくのだ。
個人的には、登場人物が吐き出す質感のあるセリフ、生き死にを決めるような壮絶なセリフ、その一言でスパッと目の前の世界の断面を見せてくれるようなセリフ、主人公の木部美智子が発する美智子『語録』が好きだ。そのような箇所に折り目をつけていたら20箇所位になった。
また、この作品を読んで初めて、虚無が悪に転化しやすいことを実感として納得出来た。二十代の頃に読んだドストエフスキーの『悪霊』では、無神論や虚無主義の『悪』の面が、頭で何となくわかった気になっても実感はできなかった。しかし、ようやくこの本で実感出来た。
感動の涙もあるが、これは人それぞれが持っている自分が大切にしている価値観を探り当てられ、見たくない自分を見てしまった時の無意識の感情が反応する涙だ。
その時に私は多分、告白する登場人物に感情移入しているのだろう。
いや~、通勤時間読書で時間は要したが、至福の時間だった!こんな作品を書ける作者の力量は並大抵ではない!